Youtubeで古事記は10倍楽しめる
小説、漫画、映画など、あらゆる物語は二度楽しめるということをご存知でしょうか?
一度目は、ワクワク・ドキドキ、その物語に没入して物語自体を楽しむ方法。
二度目は、登場人物の動きや話の筋という点で物語を俯瞰してみて、物語のプロットやそこに隠された意図を楽しむ方法です。
今回のテーマは日本神話。具体的には古事記と日本書紀です。
これらの神話の「物語自体」を楽しみたい方は、とりあえずあっちゃんの動画を見てみましょう。
一方、「物語のプロットや意図を楽しむ」というのは、ちょっとわかりずらいですよね。
これは一種の謎解きのようなもので、この楽しさを知ってしまうとハマります。
どんな感じかを知りたい方は、日本一のオタク(?!)岡田斗司夫さんの↓こういう動画を見てみましょう。ジブリ映画に関する考察ですが、なかなか面白いです(笑)
この2つの動画を見れば古事記を10倍楽しめると思いますが、さて、ここからが本題です。
※ ※ ※
今回ご紹介するのは、河合隼雄の『神話と日本人の心』。
河合隼雄は日本を代表する心理学者であり、ユング研究者です。
日本神話というと
「なんか難しそ〜、退屈そ〜」とか
「天皇バンザイの軍国主義っぽいので嫌だなぁ」
などというイメージがあるかもしれませんが、この本はそんな印象とは程遠いのでご安心ください。
古事記をメインに代表的な日本神話のあらすじを紹介しつつ、
その物語に秘められた日本人の精神性を紐解いていくという一冊。
筆者が古事記から考察する「日本人の心」の指摘が、まじでガチですごいんです(笑)
本書の草案は1965年頃、すなわち60年前くらいに書かれたものなのですが、そこで指摘される日本人の精神性が、「2020年代、VUCAの時代、自由民主主義・資本主義を標榜する日本社会」においてもバリバリあてはまるものなんですね。
これからの時代の日本のあり方、日本人のあり方を考える上で神話を避けては通れない。
本書を読み始めて数ページを繰るだけで、そのような確信が湧き上がってきます。
「中身が空っぽ」な日本神話
本書において筆者の河合は様々な考察を行っていますが、幹となる主張を一言で表すと、
日本神話の最大の特徴は「中空均衡構造」であり、その特徴は古代から現代に通じる日本社会の特徴でもある
ということになります。
「中空均衡構造」とは耳慣れない言葉ですが、要は
・中身は空っぽだけれど、絶妙なバランスをとって成立している構造
・中心にある力や原理に従って統合されているのではないが、全体の均衡がうまくとれている状態
ということです。
この特徴は、ユダヤ教やキリスト教といった一神教が持つ物語と比較をすると理解がしやすくなります。
一神教の世界観において、神は唯一で至高・最善の存在であり、絶対的な強さと正しさを誇っています。神には誰も逆らえないず、仮に逆らうものがいれば「悪」として徹底的に排除されます。
河合はこのような世界を「中心統合構造」と呼んでいますが、ここでは絶対的な存在である神の権威と権力の下で、世界全体が秩序を形成しているという形になります。
日本神話における中空均衡構造ではそのような「絶対的な存在」がいないため、中心が空っぽなのです。
「トライアッド構造」を補助線に古事記を読み解く
日本神話の中空均衡構造を理解するためには、古事記を通して現れる一つの「共通のパターン」に着目することが有益です。
そのパターンとは、河合が「トライアッド構造」と呼ぶものです。
「トライアッド」とは三つ組、3人組のこと。
日本神話においては、このような「3者で1セット」という構造が数多く登場します。
河合は特に、日本神話の重要局面で「三柱の神」というトライアッドが3回登場することに着目します。(神様の数え方は「柱」です)
これを順に確認しておきましょう。
■第1のトライアッドは、古事記の「世界のはじまり」の場面で登場する、アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ。
天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成れる神の名は、アメノミナカヌシ(天之御中主神)。次に、タカミムスビ(高御産巣日神)。カミムスビ(神産巣日神)。
『古事記』
このように、古事記ではアメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビという三神の誕生から世界が始まります。
タカミムスビはアマテラスの後見的な役割を担う神で、古事記にもこの後度々登場します。
一方、カミムスビはスサノヲやオオクニヌシなど出雲の神話によく登場することになります。
■第2のトライアッドは、アマテラス(天照大御神)、ツクヨミ(月読命)、スサノヲ(建速須佐之男命)です。
この三神は、イザナキ(伊邪那岐命)が妻イザナミ(伊邪那岐命)と別れの言葉を交わして冥界から帰ってきた後、死後の世界の汚れのみそぎをしようと川で顔を洗う際に生まれます。
具体的には、イザナキが左目を洗う時にアマテラスが生まれ、右目を洗う時にツクヨミが、鼻を洗う時にスサノヲが生まれるのです。
この三神の中でも、特にアマテラスとスサノヲは、皆さんもよくご存知ですよね。
古事記では、この二柱が対決をした後、有名な「天の岩戸」の物語につながっていきます。
■第三のトライアッドは、ホデリ(火照命)、ホスセリ(火須勢理命)、ホヲリ(火遠理命)です。
この三神は、出雲のオオクニヌシ(大国主命)による国譲りの後、天孫ニニギが降臨してコノハナサクヤヒメと結婚し、コノハナサクヤヒメが炎が燃え盛る中で出産をすることで誕生します。
(漢字を見れば分かる通り、三神とも「火」に関連した名前がついています。)
ホデリは海幸彦、ホヲリは山幸彦とも呼ばれ、この後、海幸・山幸を巡る有名な話が展開されていきます。
※ ※ ※
以上、古事記に登場する代表的な3つのトライアッドを整理すると、下の表のようになります。
第1のトライアッド | タカミムスビ | アメノミナカヌシ | カミムスビ | 独神として生成 |
第2のトライアッド | アマテラス(天) | ツクヨミ | スサノヲ(地) | 父親から水中出産 |
第3のトライアッド | ホデリ(海) | ホスセリ | ホヲリ(山) | 母親から火中出産 |
複雑な物語が展開される日本神話ですが、このトライアッド構造が「補助線」の役割を果たし、神話全体の構成やそこに隠された意図を理解しやすくなります。
これを前提にして、いよいよ「日本神話に現れる日本人の精神性」という中核的なテーマに迫っていきましょう。

日本神話と現代の日本企業の共通点
中空均衡構造というワードを意識しながら上述の「3つのトライアッド」を眺める時、実は3つのトライアッドそれぞれに「中空」の構造が隠されていることに気がつきます。
そもそも、みなさんは先ほどのトライアッドの説明に対して、何か違和感を持ちませんでしたか?
鋭い人はもうお気づきかもしれませんが、各トライアッドにおいて、全く言及されない神がいましたよね。
そう、第1のトライアッドにおけるアメノミナカヌシ、2のトライアッドにおけるツキヨミ、第3のトライアッドにおけるホスセリです。
しかし、僕が彼らに全く言及しなかったのは僕の判断ではなく、何を隠そう、彼らについては古事記にほぼ記述がないからなのです!
例えば、第1のトライアッドでは神話を通してタカミムスビとカミムスビが随所で活躍しますが、「天の中心」という名前からも中心的存在であるはずのアメノミナカヌシは、古事記でも他の神話でも全く語られません。
つまり、日本神話の中核をなす3つのトライアッドそのものが、いわば中空構造(=中身が空っぽ)ということです。
河合はこのような「全く言及されない神」を、無為の神と呼びました。
日本神話の構造の特徴は、中心に無為の神が存在し、その他の神々は部分的な対立や葛藤を互いに感じ合いつつも、調和的な全体性を形成しているということである。
『神話と日本人の心』(河合隼雄)
日本人にとっては、集団の中心に何か絶対的な強者が位置しているよりも、中心には「無為の存在」が「ただ、いる」だけの方がおさまりがよいようです。
余談ですが、このことは典型的な「日本型の組織」にもあてはまると思いませんか?
日本企業の体質に対する批判として、「意思決定者が誰なのかがわからない。責任の所在もあいまい」と指摘されることがよくあります。
「集団や組織に代表者はいるはずなのに、実質的な意思決定は皆で合議をしながら行っていく。その結果、その意思決定に対して誰が責任をとるのかが曖昧…」というようなことは、日本企業において日常茶飯事です。
令和の時代でも色濃く残るこのような日本人の「あるある」は、実は神話の時代まで遡って考えることができる特徴なのです。
古代日本人の絶妙なバランス感覚
日本神話の中空均衡構造においては、キリスト教における絶対神のような存在がいなくても世界全体としては「均衡(=バランス)」が保たれる作用が働くというのも特徴です。
古事記を眺めてみると、全体としての均衡を保つよう、神話を構成する様々な要素のどれか一つが絶対的な正義や強者にならないように、細心の注意を払って記述されている点に驚かされます。
先ほどのトライアッドの表をもう一度じっくり見てみてみましょう。
この表からだけでも、上述した「均衡を保つための注意」がいくつも読み取れます。
第1のトライアッド | タカミムスビ | アメノミナカヌシ | カミムスビ | 独神として生成 |
第2のトライアッド | アマテラス(天) | ツクヨミ | スサノヲ(地) | 父親から水中出産 |
第3のトライアッド | ホデリ(海) | ホスセリ | ホヲリ(山) | 母親から火中出産 |
例えば、第2のトライアッドの三神は全て「父親」から生まれますが、第3のトライアッドは「母親」から生まれます。
これは、「男性・父性」と「女性・母性」の力関係を意図的にバランスさせている一例です。
河合によると、日本神話においては「男性優位」と「女性優位」というような結論は導くことができず、むしろ、「男性性の強い神が力を持つと、それに対抗して女性性の強い神が現れる(その逆もまたしかり)」ということが繰り返されているそうです。
また、第2のトライアッドは「水」から生まれるのに対し、第3のトライアッドは「火」から生まれます。
さらに、天上の世界を代表するアマテラスと地下の世界を代表するスサノヲは、どちらかが絶対的な権力を握るわけでも一方が他方を抹殺するわけでもなく、最終的にバランスした形で存在します。
海幸であるホデリと山幸であるホヲリも似たような関係性で、対をなしてはいるものの、「両者が対決をしてどちらから勝つ」というようなストーリーではなく、最終的には両者が調和の取れた関係性で物語は終わるのです。
古事記には様々な神が登場しますが、どれか一つの要素が絶対的な力を持つことのないように巧妙に物語が編み込まれているというのが、日本神話の特徴です。

ライブドア事件と日本神話の関係
本書を読んでいて「面白いなー!」と思うのは、中空均衡構造が日本神話の特徴であるとはいっても、「皆が仲良く協調して過ごしているから調和が取れている」というわけではないという点です。
すなわち、アマテラスにしろスサノヲにしろ、時には神話の中で互いに激しく戦い合い、勝利した方がそのまま天下をとってしまう(=世界の中心で絶対的な権力を持つ)のでは、と思える時もあるのです。
しかし、日本神話においては一時的に最強に見える存在が現れてきても、必ずそれを「引きずり下ろす」反対の力が生じ、「誰かが世界の中心になる」ことを許しません。
このあたりの事情については、本書から河合の言葉を引用しておきます。
中心に強力な存在があってその力や原理によって全体を統一してゆこうとするのではなく、中心が空であっても、全体としてバランスがとれている全体を構成する。
『神話と日本人の心』(河合隼雄)
個々の神々の間で微妙なバランスが保たれ、一時的にしろ中心に立とうとする神があるとしても、それは長続きすることなく、適当な相互作用によって、全体のバランスが回復される。
中空の中心を何かが占めようとする動きがときに見られるが、そうすると、それに対抗する力が強く働いてカウンターバランスされ、結局は中心を空にする均衡状態にかえることになる。
『神話と日本人の心』(河合隼雄)
河合は、日本神話で繰り返し登場するこのような作用を「ゆりもどし」と名付けました。
このような「ゆりもどし」の作用が大きな力を持つ日本神話の中で、新しい勢力が世界の中心に躍り出ようとすると、以下のような現象が起きるといいます。
はじめはギクシャクするのだが、時間の経過と共に、全体的調和のなかに組み込まれる。外から来る新しいものの優位性が極めて高いときは、中空の中心にそれが侵入してくる感じがある。
『神話と日本人の心』(河合隼雄)
そのときは、その新しい中心によって全体が統合されるのではないか、というほどの様相を呈するが、時と共に、その中心は周囲のなかに吸収されてゆき、中心は空にかえるのである。
これはなかなかに鋭い指摘で、そっくりそのまま、現代の日本社会の「負」の側面を言い表したものとも解釈できます。
河合の文章を読んだ時、僕はホリエモンのフジテレビ買収騒動やライブドア事件を思い出しました。(このあたりの事情は↓こちらのYoutubeも参照)
「出る杭は打たれる」という言葉は日本社会の悪しき習慣としてよく批判されます。
従来の秩序を壊して「世界の中心」を占めるかのような力を持つ「出る杭」は徹底的に足を引っ張られ、やがて「中心」から引きずりおろされます。
特にベンチャー界隈ではそのような「悪習」を変えていかなければならないという問題意識を持っている人が多いと思いますが、もしそれを本気で変えようとするならば、日本人の精神にDNAレベルで埋め込まれている日本神話まで立ち返って、事を進めていく必要があるのです。
VUCAという言葉もだいぶ手垢がついた表現になりましたが、このような先の読めない時代において、中空均衡構造型の社会は政治や経済の領域で強みを発揮するとは思えません。
欧米の思想に代表される中心統合構造を基層に持つ社会のほうが現代にはマッチしており、政治や経済で勝利を収める可能性は高いといえるでしょう。
しかし、われわれ日本人の精神性の最も根源的なルーツは、明確な中空均衡構造を持つ神話にあるということも、否定できない事実です。
その「事実」を認めるならば、
<中心統合構造の方が『勝利』を収めやすい現代社会において、中空均衡構造の精神性をルーツに持つわれわれ日本人は、どのような進路に舵をとるべきか?>
ということが、日本人一人ひとりに問われているのではないでしょうか。
まとめ
今回の記事は長くなってしまったので、ポイントを3つにまとめておきます。
【まとめ】
①物語の楽しみ方には2つの方法がある。日本神話を楽しむためには記事で紹介をした2つのYoutubeをまず見てみることがオススメ。
②日本神話には様々な神が登場するが、本文で紹介した「3つのトライアッド」という補助線を引くことで、神話のプロットをわかりやすく整理することができる。
③日本の神話は中空均衡構造をとることが最大の特徴であり、そこに示された日本人の精神性は、現代日本のビジネスシーンにもあてはまるものである。
これから日本や世界を変えていきたいという大きな志を持った人にこそ、古代から日本人が持つ精神性に目を向けるためにもぜひ読んでほしい一冊だななと思います。
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